個人という存在につきまとう「私とは何か(分人)」という問題

query_builder 2025/12/11
個人という存在につきまとう「私とは何か(分人)」という問題



芥川賞作家・平野啓一郎の文章で高校の教科書に採録されている評論に「分人とは何か」という作品がある。


個人という、これ以上分けることのできない1個の存在という概念に違和感を覚えた作家は、相手に応じて嫌われないように「キャラ」を演じている我々の実感に基づいて、その使い分けされている存在を「分人」と名付け、ほとんどの人はこの「複数の人格」である「分人」を駆使して日々の生活を送っていると指摘する。


その上で、平野が提示するのは「本当の自分」はどこに成立するかという問題である。


「本当の自分」は必ず存在するという実感を、人は皆持っているに違いない、との大前提に立って話は進められていくのだが、そもそもこの点に異論を挟む人、すなわち「本当の自分」などいない、主体などと呼べるものはこの世に存在しないとのお考えをお持ちの方々については、これ以降この記事は読まなくてもいいかもしれない。


あるとでしか思えない「この私」は一体どこに成立しているのか?


先程の平野の評論「分人とは何か」は『私とは何か』という論文の中の一章として書かれた文章であり、そしてここで「何か」 と問われている「私」の抱える問題と言えば、私自身が考える「本当の自分」である私と、他者の目に映る、実際に存在する「この私」とが重なったり、重なり合わなかったりする「アイデンティティ(自己同一性)」の問題について、ということになる。


ここで、存在論的にとらえられている「個人」という概念と、認識論的にとらえられている「この私」という感覚については、一先ずきちんと立て分けて整理をしておく必要があろう。そして、言うまでもなく「アイデンティティ(自己同一性)」の問題は、認識論の側で扱う問題である。


芥川賞作家・平野啓一郎が提唱する「複数の人格」である「分人」とは、「他者との相互作用」の中に「この私」は存在し、「対人関係の中」にのみ「本当の自分」が成立するとの主張である。したがってこの主張は存在論ではなく、「本当の自分」=「この私」の存在を扱う認識論である。


ではここで、「自己と他者との関係」の中で見出すことのできる「この私」について、肯定/否定の順で整理をしておく。


【肯定】の場合

・主体(私)が「本当の自分(私)」だと考える、もしくは思いたい自分(私)像

・他者が「本当のあなた(私)」だと考える、もしくは思い込んでいるあなた(私)像


【否定】の場合

・主体(私)が「本当の自分(私)」だと考えたくない、もしくはまだ知らない自分(私)像

・他者が「本当のあなた(私)」だと考えない、もしくはまだ知らないあなた(私)像


そして、これらを「他者との相互作用」の中に入れて記述し直したものが、以下の通りである。


①主体(私)が「本当の自分(私)」だと考える、もしくは思いたい自分(私)像で且つ、他者も「本当のあなた(私)」だと考える、もしくは思い込んでいるあなた(私)像

 →相互信頼の自分像


②主体(私)が「本当の自分(私)」だと考える、もしくは思いたい自分(私)像で且つ、他者が「本当のあなた(私)」だと考えない、もしくはまだ知らないあなた(私)像

 →プライベートな自分像


③主体(私)が「本当の自分(私)」だと考えたくない、もしくはまだ知らない自分(私)像で且つ、他者が「本当のあなた(私)」だと考える、もしくは思い込んでいるあなた(私)像

 →誤解された自分像


④主体(私)が「本当の自分(私)」だと考えたくない、もしくはまだ知らない自分(私)像で且つ、他者も「本当のあなた(私)」だと考えない、もしくはまだ知らないあなた(私)像

 →誰も知らない未知の自分像


そしてここまで分類し、たどり着いたところで、以前にこのブログ記事でも紹介した村上春樹『バースデイ・ガール』の最後の場面に出てきた、「彼女」の謎めいた一言


「私が言いたいのは……人間というのは、何を望んだところで、どこまでいったところで、自分以外にはなれないものなのねっていうこと。」(村上春樹『バースデイ・ガール』)


という台詞が、重要な意味を帯びているということがお分かりいただけると思う。


最後に。


以上の4分類を踏まえたうえで、どうかもう一度、村上春樹『バースデイ・ガール』を読み直してみてはいかがでしょうか。


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