NHK紅白歌合戦に12年ぶりに出演したサカナクション。彼らが復活を遂げた曲「怪獣」がテーマソングになっている、NHKで放映されたアニメに『チ。-地球の運動について-』というのがあります。
漫画家の魚豊(うおと)さんが『週刊ビッグコミックスピリッツ』(小学館)で連載していた作品を原作にしたテレビアニメなのですが、その物語の中で「本を読む」という行為について改めて気付きを得る場面がありまして、ここで是非、皆さんにも知っていただきたいと思い、ご紹介させていただきます。
物語の舞台は15世紀のポーランド。全25回放送分の第9話に、以下のようなやり取りがありました。
文字が読めない屈強の若者(オクジー)が
「文字が読めるってどんな感じなんですか」
と問います。それに対して、問われた若い女性(ヨレンタ 声優:仁見紗綾)が、その質問に些か興奮気味にこう答えます。
「文字はまるで…奇跡ですよ」と。
そして、以下のようにその理由の説明を続けます。
「(文字が使えると)時間と場所を超越できる。二百年前の情報に涙が流れることも、千年前の噂話で笑うこともある。そんなの、信じられますか?
私たちの人生はどうしよもなくこの時代に閉じ込められている。だけど、文字を読むときだけは…その一瞬この時代から脱け出せる。文字になった思考はこの世に残って、ずっと未来の誰かを動かすことだってある。そんなの、まるで、奇跡じゃないですか。」
(アニメ『チ。-地球の運動について-』第9話 「きっとそれが、何かを知るということだ」より)
ことば(言葉/言語)は実は「音声のみ」で成り立ちます。現在も、この地球に住む人類の操るほとんどの部族語は「無文字言語」です。かく言う「日本語(やまとことば)」もまた、文字を持たない「無文字言語」の時代が長く続いた言語のひとつです。その日本語が「漢字」という文字を得てから、奈良時代以降の歴史が「記録」されていくことになります。
文字が読み書きできなくても、人はことばを話せます。(ついでに、文法を知らなくても、2語文、3語文の日常会話程度なら、だれでもことばを操れます。)だからなのでしょうか、私たちは「文字のある、ありがたみ」をついつい忘れてしまいがちです。このアニメに登場した「ヨレンタ」は我々に「文字のある、ありがたみ」を思い出させてくれています。
翻って、ではこの「文字のある、ありがたみ」について日本ではどのように扱われていたでしょうか。
それが窺い知れる文章に「文(ふみ)」というのがあります。(『無名草子』所収。「むみょうぞうし」と読む。鎌倉時代初期)
以下に、本文と現代語訳を紹介します。
【古文本文】
「この世に、いかでかかることありけむと、めでたくおぼゆることは、文こそ侍れな。枕草子に返す返す申して侍るめれば、こと新しく申すに及ばねど、なほいとめでたきものなり。
遥かなる世界にかき離れて、幾年(いくとせ)あひ見ぬ人なれど、文というものだに見つれば、ただ今さし向かひたる心地して、なかなか、うち向かひては思ふほども続けやらぬ心の色も表し、言はまほしきことをもこまごまと書き尽くしたるを見る心地は、めづらしく、うれしく、あひ向かひたるに劣りてやはある。
【現代語訳】
「手紙というものは、どうしてこのようなものがこの世にあるのだろうと思われるほどに素晴らしい。 『枕草子』に繰り返し書かれているので、また改めて言うことでもないのだが、(そうは言っても)やはり本当に素晴らしい。
遠いところに離れ、何年も会っていない人でも、手紙さえ読めば、まさに今向かい合っているような気分になる。 たった今、その人と向き合っている気持ちがして、かえって、向き合ってでは言い繕えない様な心の状態も表し、言いたいことを細かに書き尽くしてあるものを見る気持ちは、すばらしく、またうれしく、互いに向き合って話しているのに劣っているだろうか、いや、劣ってはいない。
【古文本文】
つれづれなる折、昔の人の文出でたるは、ただその折の心地して、いみじううれしくこそおぼゆれ。まして亡き人などの書きたるやうなるものなど見るは、いみじくあはれに、年月の多く積もりたるも、ただ今筆うち濡らして書きたるやうなるこそ、返す返すめでたけれ。
何事(なにごと)も、たださし向かひたるほどの情ばかりにてこそはべるに、これは、ただ昔ながら、つゆ変はることなきも、いとめでたきことなり。
【現代語訳】
退屈なとき、昔知り合った人の手紙が出てくると、受け取ったときの気持ちが蘇り、とても嬉しく感じられる。まして、亡くなった人の書いたものであれば、返す返すも素晴らしいものだ。
どんなことでも、ただ対面している間だけ感じることばかりだというのに、手紙はまったく昔のまま、露ほども変わることがないというのも、素晴らしい点である。
【古文本文】
いみじかりける延喜・天暦の御時のふるごと(古事 / 故事)も、唐土・天竺(てんぢく)の知らぬ世のことも、この文字といふものなからましかば、今の世の我らが片端も、いかでか書き伝へましなど思ふにも、なほかばかりめでたきこともよも侍らじ。
【現代語訳】
たいへん良かったという延喜、天暦の治の出来事も、中国やインドといった知らない世界のことも、現代のわたしたちの些細な数々であっても、この文字というものがなければ、どうして書き伝える(ことができる)だろうか、いや、できはしない、などと思うにつけても、やはりこれ(文字というものでつづられた手紙)ほど素晴らしいことは、他には絶対にございませんでしょう。」
正に「文(手紙)」や「文字」の「めでたさ」は、時間と空間を超越している点にあると述べられています。しかもそれは、『枕草子』の作者「清少納言」によって、平安時代の時点ですでに繰り返し述べられているというのです。
ということは…、15世紀のポーランド人の「ヨレンタ」さんは、11世紀の日本人「清少納言」の生まれ変わりなのかもしれませんね。
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