中島敦の書いた物語『山月記』にはいくつかの謎が隠されています。その中の一つに「袁傪がなぜ李徴の家族の面倒を引き受けることにしたのか?」というものがあります。
虎になった李徴が叢の中で泣きながら頼んだから、袁傪は情に絆(ほだ)されて「引き受けた」という流れで物語は展開していくのですが、しかし、よくよく考えてみれば、そんな一時の感情論のみで、他人の家族の一切の面倒を引き受けるという一大事を安請け合いしてしまえるものでしょうか。袁傪という人物は、いったいどこまで金持ちで、なんてお人好しなんでしょう? ということになってしまわないでしょうか。
しかし、広く一般的には、いや少なくとも学校の授業では、決してそのような解釈は起きません。 だとするならば、ここには物語の中で明かされていない、重大な事実が隠されているに違いない、と考える方が自然なものの見方なのではないかと思います。
では果たして、いったいどんな事実が隠されているのでしょうか。
その事実について私(脇坂)は、若い二人の男性が一人の女性を巡って奪い合いになるという青春時代にありがちな出来事、すなわち「男女の三角関係による恋愛感情のもつれ」というトラブルが、この二人、すなわち李徴と袁傪との間にもあったのではないかと見ています。
袁傪が李徴の家族の面倒を見ると約束したのは「三角関係による恋愛感情のもつれ」からか?
先ほども述べた通り、単なる情(なさ)けだけで他人の家族の生活を全て引き受けるというのは、現代の感覚からしても、またいつの時代においても非常に大きな決断です。そこに、物語に描かれていない「重大な事実」、特に「男女による恋愛感情のもつれ」があったのではないかと仮定すると、袁傪の行動にはより深い動機が見えてくることになります。
推測されるシナリオ
もし袁傪と李徴との間に、一人の女性を巡る「恋の鞘当て」があったとしたら、以下のようなシナリオが考えられます。
- 李徴の妻は、かつて袁傪が密かに想いを寄せていた女性であった。
- 青春時代、袁傪は李徴の妻となる女性に惹かれていたが、結局その女性は李徴と結ばれた。袁傪はその恋を諦めざるを得なかった、あるいは失恋の痛みを抱えていた。
- 李徴が虎になり、その家族が困窮していると知った時、袁傪は過去の未練や、かつて自分が守りたかった女性への思いが再燃し、彼女とその子供たちを助けることを決意した。これは、かつて叶わなかった「守護」の役割を果たす絶好の機会と捉えられたからかもしれません。
- 袁傪の中に、李徴への複雑な感情があった。
- かつての恋敵である李徴が虎になったという現実を目の当たりにしたとき、袁傪は憐憫だけでなく、ある種の優越感や複雑な感情を抱いた可能性もあります。その上で、彼の家族を助けることで、李徴に対する恩義、あるいは過去の清算を行おうとした、という見方もできるでしょう。
- あるいは、李徴が優秀であったことに嫉妬を抱いていた袁傪が、後悔の念を涙ながらに訴える彼の窮状を良いことに、その家族を救うことで精神的な高みに立とうとした、という心理も考えられなくはありません。
この解釈がもたらすもの
この「男女の三角関係」という視点を導入することで、袁傪の行動は単なる「お人好し」や「情に厚い」という一元的なものではなく、人間の持つ複雑な感情、すなわち未練、嫉妬、優越感、そして贖罪のような心理が絡み合った、より奥行きのあるものとして『山月記』の中で描かれることになります。
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